【高野山真言宗成田山真如院(羽幌本院・札幌分院)】札幌・羽幌での十三参り・水子供養など

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日米海鳥シンポジューム・エキスカーション「お説教から」

〈更新日: 2002年10月06日 〉 ※写真が掲載されている場合は、クリックすると拡大表示されます。

10月11日~14日まで羽幌町で国際会議「日米海鳥シンポジューム」が行われる。

その後10月15日、午前8時30分からエキスカーションが、当寺院で行われる。

その際、私から日米の高官、学者さん方にお説教を行うが、その時の原稿内容を紹介する。

おはようございます。

まず、お寺の紹介をいたします。

このお寺は、成田山真如院といいます。
ここのお寺は、密教(vajirayana buddism 又は、tantric buddisme、esoteric buddism)を説く寺院です。

このお寺は、1900年(明治33年)に開基しました。
今年で104年目を迎えます。

私は、高山 誓英といいます。
このお寺の住職(the chief priest of this buddism temple)を勤めております。

仏教について少し説明します。

仏教は、紀元前1~2世紀ころ、インド北部のブッタガヤの菩提樹の下で、お悟りを得、ご啓示を受けられたお釈迦様により説かれました。

その後、仏教は、インド全域に広がりアジア全域にまで広がりました。

お釈迦様が在世当時の仏教は、初期仏教(又は小乗仏教 primary buddism)といわれます。

お釈迦様が亡くなった後、紀元1世紀ころから大乗仏教(Mahayana buddism)が出来ました。
そして、インドで発展し、大きく広がり中国で大成し、日本に伝来しました。
日本には、538年伝来しております。

そして、紀元前1~2世紀ころからインドの下層民衆の中に生まれ、信仰され拡がっておりました密教(vajirayana buddism)が、紀元7世紀に中期密教として、密教経典が大成されました。

日本には、この時期に大成した中期密教が伝来しております。

このように仏教は、大きく3つの流れに分かれております。

初期仏教は、現在ではスリランカ、タイ、ベトナム、ラオス、カンボジヤなど主に南方の国々で信仰されております。

大乗仏教は、日本、台湾、中国、韓国など主に極東アジアで信仰されています。

密教は、日本、台湾、中国、チベット、ブータン、ネパールなど主に中央アジアや極東アジアの地域で信仰されております。

日本における密教は、8世紀、弘法大師空海が、唐(現在の中国)に出向き、密教経典を持ち帰り、高野山や京都を中心に広がりました。

現在では、全国大衆の中に幅広く広がり、日本では、一番多くの庶民信者を有する宗教集団となっております。

最近では、欧米からも大変大きな関心が寄せられており、フランス、アメリカなどから密教の僧侶になる人が数多く見受けられます。

世界的に教えが拡がっていることを実感しております。

密教について簡単にお話します。

密教の教えを一言で言いますと、サンスクリットの「マンダ・ラ」の教えということになります。

「マンダ」は、真理(Truth)とか原理(principle)を言います。
「ラ」は、融合(fusion)とか調和(harmony)を意味します。

ですから、「マンダ・ラ」の意味は、地球を含めた宇宙空間のあらゆる法則(law)や真理、原理が融合、調和して出来上がっているという意味になります。

これは、単に物理学上(physical sciencetic)の意味だけではなく、地球上に住んでいる全ての人々の心(human being sprit or soul)も、人種、民族などに違いがあったとしても融合し、調和することができるのだという意味も持っております。

本堂の正面を見ていただきますと、お燈明(candles)やお花(flowers)などが対(pair)になっていることに気付くと思います。

これは、左右対称のバランスをとっていることを意味します。

このように対になっている意味には、「一方のみの考えや存在ばかりを強要し、強調するのではなくて、自分以外の他人の考えや存在をも意識し、受け止められる、心(mind)のあるべく姿を指摘しています。

まさに、マンダ・ラの言葉そのものの考えを形にして示しております。

 第2次大戦後、日本は、驚異的な経済発展により、国民一人一人は、物質的には大きく恵まれることが出来、豊かになりました。

しかし、その反面「様々な公害問題」、「様々な環境破壊」、「様々な人間の心の貧困さ」を引き起こしてしまいました。

環境破壊は、地球規模にまで拡がってしまいました。
中でも「地球温暖化の問題」は深刻です。

これらの問題は、大きな社会問題となり、国際問題となっているのはご承知のとおりです。
そして、その問題解決のために様々な対策が取られております。

今回、この北海道羽幌町の地で行われた「海鳥保護に関する国際会議もまさに、環境問題を論議した良い例ではなかったかと思います。

又、さらに今日の日本では、物質的に豊かになった反面、日本人の心には、暖かさがなくなり、日本人特有の優しさや思いやりが無くなってしまいました。

これは、「これまで日本社会は、経済発展や開発は、良いことだ」、「物質的に豊かになることは、幸せになることだ」という錯覚が、日本人の心の中に「貧困さ」を生んだ原因があります。

しかし残念ながら、あらゆるところで環境破壊が起こり、人間の心までもが破壊されてしまっているのが現実です。

今、もっと考えなくてはならない事は、地球上には、異民族なども含め多くの人々、そして多くの動植物なども含め無数の物同志が共存していることです。

開発や発達により、物質的に豊かになり、経済発展をすることは重要なことです。

加えて考えなければ成らないことは、あらゆる人や物とが、常に融合と調和する思想と実践する姿勢が不可欠だということです。

ここに「マンダ・ラ」の持つ意味があり、密教が教える根本があります。

密教の教えには、このような意味を持っているのだということを知っていただきたく思います。

たまたま、このような機会に恵まれ、私しからお話が出来ましたことを嬉しく思っております。

何かのお役に立てば幸いです。

さて、この後座禅瞑想(zazen meditation)を行います。

座禅瞑想は、サンスクリットでは、「ヨーガ(yorga)」と言います。

ヨーガは、「結びつける」という意味を持っています。

何を結びつけるかというと、「自分の心」と「宇宙の真理や原理」とを深い瞑想を持って「つなぐ」という意味を持っております。

ですから、静かに座り、呼吸を整えて、精神を統一しますと、「自分は、自然の中の一員であることに気付かされ」
「宇宙の法則の中に組み込まれている」ことを宇宙の鼓動として聞くことができます」

難しい内容になりましたが、まずは座ってみてください。

座り方は、半伽座という座り方をします。

まず、左足を右足の上にのせます。

そして、背筋をまっすぐ伸ばします。

手は、左手を下にして右手を上にし、まるく組みます。
この時、親指を接近させますが、先端はつけません。
数ミリの空間を作ります。
そして、目を薄く閉じます。

そして、呼吸をしますが、呼吸をする時は、息を大きく吸います、そしてお腹いっぱいに貯めましたら、貯めた息をじょじょに吐きます。

この時、吐く息は、最初は、5~6秒かけて吐きます。
そしてじょじょに吐く時間を長くしてゆきます。
10~15秒、慣れてゆきますと30~40秒、1分程度まで掛けて吐きます。

今日は、初めてですから10秒程度までとしましょう。
多分、これでも長く感じるものと思います。

少し練習しましょう。

さらにこれが出来るようになりますと、自分の呼吸の回数を数えます。
吸って吐くまでを1回とします。

呼吸の数を数える瞑想を、数息観といいます。

少し練習しましょう。

最後に、もう一つだけ教えておきます。

息を吸って、息を吐く時、吐いた息の先端が、
「ず~と遠くに、まっすぐに進み、地球の端まで行き着き、さらに地球をぐるっと回って、その息が一回りして自分の所まで戻ってくることほ想像します」

この想像することと合わせて、ゆっくりと呼吸動作を繰り返します。

これが「数息観」の観法です。

瞑想法は、まだ段階としては、初期段階程度です。

慣れてきますと5~6段階へと難しくなってゆきます。

時間がなくなりました、何かの参考になれば幸いです。

ありがとうございました。

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