【高野山真言宗成田山真如院(羽幌本院・札幌分院)】札幌・羽幌での十三参り・水子供養など

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「幸福の国ブータン」

〈更新日: 2013年6月5日 〉 ※写真が掲載されている場合は、クリックすると拡大表示されます。

~“祈りの国ブータンへの参拝旅行紀行記” 住職 高山 誓英の記録~

昼食後、下った山道をまた登り頂上で一服しティンプーに戻った。ティンプーは、暗く成りかけていた。
市内は、仕事帰りの人が車で帰宅を急いでいた。お陰でバスが大渋滞に巻き込まれてしまった。
それもその筈、ティンプー市内の道は、細くしかも信号が一つもないからだ。
薄暗さに紛れながら小高い所で交通整理をする人が手信号で車を整理していた。
また、一つしかないガソリンスタンドに1キロ以上の長い列が出来ている。

またティンプーの目抜き通りには、大勢の歩く若者がいた。
よく見ると若者達は、iPhoneを持っており、必死に手をスライドさせている。
ドルジさんも暇さえあればiPhoneに手をかけて利用していた。
ブータンの若者は、皆さんiPhoneを使っている。

車は、インド製が多いが中にはトヨタや三菱が何台か走っていた。
間延びした、動きの遅い町並みに一方で最先端の機器が動いている。
何か奇妙なアンバランスを感じた。

しかし、ブータンの若者は、英語が上手だ!!
ブータンの言葉は、ドゥンガ語が中心だが学校では英語が教えられており、若い人たちを中心に皆さんドゥンガ語と英語の両方を話す。ただ、お寺にいる僧達は、ドゥンガ語しか話せないらしい。
英語を話せない私にとっては羨ましい限りだった。

「ブータンは、幸福の国」と言われる。
「何故、ブータンは幸せと言うのか」と疑問に感じた事も今回の旅の理由の一つにある。
ドルジさんや旅行最終日の懇談会でお会いした方々からその事について伺った。
「ブータンは、国民の所得は低くまだ他の国々から援助を必要としています」
「でもブータンでは、教育費や医療費は無料です。ただ医療に関しては、病院や医師の数は全く不足しています。ですから手術を必要とする大きな病気は、インドの病院に行き治療します」
「その治療の為の渡航費、手術費、治療費は全て無料で、その全てを国が見てくれます」
「その上、信仰と伝統文化、宗教文化を大切にします」
「そして心の拠り所を大切にし、心の豊かさを実感する事を大切にしています」
「これらの事がこの国にあることによって私達は、幸せに感じる事ができるのです」と説明を頂いた。

日本など文明国と称される国は、物質的に恵まれ時間的な便利さに恵まれているが、何かしら渇望感
があり、満たされない欲求不満がある。
そして、イライラ、焦り、絶望感が集積する精神的な疲労を感じる毎日を送っている。
しかし、ブータンには、大型スーパー、コンビニ、宅配のような何でもすぐ手が届く便利さはない。
それは、どこを見渡しても物の貧しかった戦前戦後の日本の姿と似ている。
「便利さがない」ことは「不幸せな暮らし」なのだろうか。
「不便なこと」は、「遅れていることなのだろうか」と自問自答した。

最終日に私達は、タイ・バンコクに戻り豪華なホテル設備、人通りの多さ、車社会の文明世界の中に再び飲み込まれてしまった。
がしかし、その時は、ブータンとは違う満足できない物足りなさを感じた。そして、全員の方が「タイよりもブータンが良いね」と口々に言っていた。この言葉の裏には、精神的に疲れている私ども現代日本人の心の中に「癒されたい何か」を求めていることを伺い知る事が出来る。

今回参加した私達は「日本にない何かを求めてブータンを訪れた」と感じている。
その求めた何かが「幸福の国」と宣言したブータンには存在していると実感したのであった。

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