【高野山真言宗成田山真如院(羽幌本院・札幌分院)】札幌・羽幌での十三参り・水子供養など

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心のゆとり、安心とは何か

〈更新日: 令和2年11月 〉 ※写真が掲載されている場合は、クリックすると拡大表示されます。

「心のゆとり、安心とは何か」
令和2年の歳は、散々であった。
過去を見ても「ねずみ歳」の干支の歳は、経済も社会においてもそんなに悪い歳であった記憶はない。
しかし、昨年の2月中旬からまるまる1年それこそ世界中が最悪の歳を過ごした。
昨年2月11日「今年の節分参拝客が多少くないのは、コロナのせいなのかな」と札幌分院での法要を終えた夜、一服した時の感想だった。
そして、法要を終えた確か3日後で有ったと思う。イタリヤベニスカーニバルでコロナ感染者が急拡大したニュースが映像と共に報じられて大騒ぎになった。感染症発生元の中国武漢だけの問題とタカをくくっていたら、イタリヤどころかフランス、ドイツ、イギリス、ロシア、アメリカまで、アッと言う間に爆発的な感染が拡大し日本も同じになった。政府は慌て、地方行政も医療者、専門学者、国民も動揺と混乱の渦中にいた。
4月に入り日本でもロックダウンに近い緊急事態宣言が行われ、経済も社会も大混乱に陥った。そして、追い打ちを掛けて急激な経済の落ち込みが表面化した。しかもその急減速は、世界恐慌にも匹敵する程の経済悪化になり世界中が恐怖に似た不安と動揺が一機に拡がった。
「大したことはない、普通の風邪のようなものさ」というトランプ大統領の言葉は、まるで庶民を馬鹿にしたかのような空虚な遠吠えに聞えた。そして、いよいよ皆は、引きこもりって自分の殻の中に閉じこもってしまった。そして、渋谷の交差点にも人通りが消え、車が走らず、街並みはゴーストタウンとなった。
その頃から私のお寺には、心の相談客が増え、同時に瞑想や静かなお祈りを求める参拝者が増えだした。
カウンセリングでは、仕事を失った、クラスターが発生した病院に入院、コロナ感染が発生している病院や介護施設への入居、ガンなど手術や入院、通学や閉じこもった家庭内での経済、不安などを訴えて来た。
「お不動様の力で不安を解消して欲しい」、「気持ちを落ち着かせて欲しい」と悲痛な叫びが、最早閉じこもって何処にも持って行き用のない差し迫った恐怖の声となって聞こえて来た。
私が答える事は、「心配いりません」、「お不動様は、皆さんをお守りします」、「心の中にゆとりと安心をもってください」と相談者の心を癒し、慰めるだけだった。
しかし皆さんには、私の言葉が頭の上を素通りして行くだけで、言葉がまるで聞こえていない表情をしている。「うつろ」なのだ。これでは、言葉の共感的な理解は有っても、言葉や心が相手に受容されていない。
如何にコロナ感染症が人間を怯えさせているかが理解出る一面だった。
「ゆとり」とか「安心」という癒す為に使おうとする言葉の意味は,一体何なんだろうかと考えてしまう。
私は、毎日真言宗所依の経典である理趣経というお経を読んでいる。勿論、全てが漢字で書かれており、その内容は専門の勉強をしていないと全く理解できるものではない。
たまたま大正時代元高野山管長であった土冝法龍猊下が実際に口述し、解説された「理趣経講伝」という一冊の記録本を手にすることが出来、現在勉強させていただいている。難しいので何度も読み返している内に猊下が教えられる理趣経講伝の中味が少しずつ理解出来た。理解が出来始めるとまた新たな発見が見えてくる。
端的に言うと理趣経には、「仏様の立場から見ると、人、物を含む全ての事象には、共通する優しさを有している」と説かれている。そして、人類だけではなく、宇宙や地球の全てを含め、人も物質も皆一つに繋がっており同一世界の中にある。さらに互いに絶対的な平等の立場に位置して共存し、しかも清らかであると説く。
その為、自己を見詰める時、自己の持つ生命力は強く、優しく、同時に他人を見詰める心も寛容であり、優しい、この両方を併せ持つと説いている。この様な心の世界こそ「即事而新真」とか「大日如来の世界」と言う。
実は、そこで示される「優しさ」こそが、「心の中のゆとり」であり「安心」に繋がっていることが分かる。
前号ではカミュ―が著書の中で「ペストにて死に行く者が、神に救いを求めても、死に行く者の傍には神は、居ない」と嘆く言葉を記した。しかし、私は、理趣経を読み、密教を理解することから以下の事が分かった。
「弱者である人間は、最早、神と同じ時間と空間領域の中に居る認識ができた時、自己には既に神が宿っている。そして受容した神の力を持って自己は、神によって救済される。そして、神を受胎した自己は、同時に
他に対しても救済する力、慈悲心を持ちうる」という仕組みを私はこの理趣経の世界の中で新目て発見した。

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