【高野山真言宗成田山真如院(羽幌本院・札幌分院)】札幌・羽幌での十三参り・水子供養など

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令和4年度お説教{ウクライナ戦争とロシア正教会」他

〈更新日: 令和4年6月28日 〉 ※写真が掲載されている場合は、クリックすると拡大表示されます。

「ウクライナ戦争とロシヤ正教会」
プーチン大統領は、5月9日ロシヤ戦勝記念日にショイグ国防相と共にパレードに参加している大勢の兵士や政府関係者の皆の目の前で十字を切った後に演説を行った。この意味は、この戦争は、ロシヤ正教会の信仰とその庇護の下で戦っているという意味を持つ。その様子をテレビで見ていて腹が立った。
日本の場合もそうであったが、戦争には宗教が利用される。そして、太平洋戦争当時の日本の宗教家の皆さんも挙って戦争に協力していた事実がある。過去の世界中の戦争の多くには、宗教が深く絡んでいる。
今回のウクライナ戦争には、あからさまにロシヤ正教会の姿が目に付く。そしてバイブルを片手にキリストの神の正義を自認し、その傍らにロケット砲、戦車砲、精密機械兵器でウクライナを侵略し、町を破壊し、人を虐殺し、家から物を盗み、盗んだものを他に売り渡す、それどころか盗品を外国に輸出して金品に代えようとしている。悪党そのものだ。また、プーチン大統領は、ブチャ町でレイプし虐殺し、殺人を犯した兵士達に勲章を与え、讃えている。プーチン大統領の世界観に基づく戦争らしいが、私から見ればとても正気の沙汰とは思えない馬鹿者の世界だ。ロシヤ正教会が凶器になり、武器になっている。全く茶番だ!!
いくら他の国の事だからと言っても、宗教を正面から利用し平気で戦争に利用することなど到底許されるべき姿勢ではない。宗教の冒涜だ。そして可笑しな戦争だ。
何の目的があり、何を根拠に、何を目指して、どうして他国を侵略するのか。理解できない。
プーチンが大司教と共にローソクを持って十字を切る。これが政治と宗教の有り方なのかと思うと涙が出る。
「壊れ掛かっている西欧の価値観」
「我思う、故に我あり」、この言葉は、16~17世紀フランスの偉大な哲学者デカルトの名言だ。この言葉は、「他の様々事を疑うことができたとしても、自分の存在まで疑うことは出来ない」ということの意味を示す。この哲学者の後に18世紀プロイセン(現、ドイツ)の哲学者カントが、「理性」という概念を展開した。そして、キリスト教の神による救済と性善によって人間の生き方と人間の社会活動に対して枠をはめた。そして、その当時活躍していたニュートンやルソーなどと共に近代科学、実用主義に基づく経済、経営、新しい哲学によるプロテスタンティズム世界を発展させた。そして、現在のアメリカ、西側と称するヨーロッパ各国の経済発展した国々を築き上げた。その発展の原動力となった原点の考え方が上記に記した方々の哲学だ。しかし、21世紀に入ると西側だけに通用する価値観は、疑問視され、通用しなくなった。それが現在の中国、ロシヤを中心とする権威主義、一国独裁主義を主張する考え方による国の有り方に繋がっている。これまで西欧の考え方が全て正しくて、その価値観に基づいて考えなければ成らないとされていた。しかし、この考え方に疑問が生じている。現代社会に生きる人間には、グローバルで多様化した価値観を持った人間像が求められる。この為これまで有意性を保っていた西欧的価値観だけに拘った思考の有り方では、現状実態に合っていないと主張され出した。そのことは、今や世界的な政治、経済、国の有り方に大きな歪みを生んでいる実態が見られる。さらに、このことにより世界の至る所での戦争にまで繋がっているように見える。第二次世界大戦が終わり、世界の価値観は、統一されて落ち着いた世界が出来上がったと認識して国際連合まで作り合った筈であったのに、今日では、全く機能していない、バラバラの世界が存在する時代に陥った。
今後、どうすれば良いのか。新しい国連体制を作り直さなければ成らないのか。新しい価値観が求められると同時に同じ価値観を持った者同志によるブロック化が起こりそうな今日だ。これでさらなる戦争に繋がることなることだけは避けなければならないと思うのだが。
「無我による仏教的価値観の必要性」
紀元前500年頃釈迦は、人間を含めた現実社会のみならず宇宙までもめた考え方をまとめた。沢山の教えの中から今は、ただ一つだけ伝えよう。それは、「無我」と言う哲学だ。要するに「拘りを捨てよ」と言う教えだ。
そして、現代仏教特に密教の教えの中には、この拘りのない自己、拘りのない社会、政治、経済、宗教から複雑社会の中に「一つの物事に囚われない自由、自立した自己存在」の必要性の有り方を強調する。
紙面が足りないので詳細は、後日に譲るが、この拘りのない心の有り方を持った人間集団による社会生活の有り方が今後の世界の中に如何に必要となるかと言うことだけを今回伝えておきたい。

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