任意後見人制度の運用を通して感じたもの
〈更新日: 令和8年1月1日 〉 ※写真が掲載されている場合は、クリックすると拡大表示されます。
任意後見人制度の運用を通して感じたもの
この度、札幌市のある委任者から任意後見人への使命依頼が有り受任した。
今日の日本社会では高齢化が一挙に進んでいる。その上配偶者や後継者の居ない一人暮らしをされている独居老人や個人の方々の多い事も知られる。さらにこれら殆どの方々は、病気入院や福祉施設に入居を余儀なくされるケースが必ずと言って良いほどに直面している。このような場合には、自分の財産管理や病院治療費、入院費、福祉施設入居した場合の施設、生活費等について誰が責任を持って支払い対応をするのか難しい事態に直面する。
また、このようなケースに直面する本人が死亡した場合、その時の葬儀に掛かる諸々の費用、遺骨の管理、死亡後それまで居住していた住居の後始末整理、財産相続処理などを行う必要が出て来る。
その場合に掛かる経費は、誰が支払い、誰が責任を持ち、誰が財産の相続権利を有するのかなど難しい問題に直面する。この為、今日では成年後見人制度や遺言書という法的手段があり、遺産相続なども含めこれらの問題に対処出来るように成ってはいる。ただ成年後見人は、委任者が亡くなった時点で後見人の効力は失効してしまう。この為この制度のみでは、生前の自分の意志や委任者が亡くなった場合の葬儀や遺骨管理に関してなどは、委任者の意志が十分に反映されなく結果的に不幸な問題が発生しているケースが見出だされている。
任意後見人制度とは、委任者が虚弱でなく、認知症を患ってなく身体や認知が健全で、健康で元気であることを前提に、任意後見人予定者と委任者との間で予め話し合いの場を設け、委任者が入院治療や施設入居が必要と成ったった場合に社会的、家族など行っておきたい内容や問題について話し合い、話し合った内容を札幌市公正役場にて公正人と相談し、公正人から任意後見人契約書、死後事務処理契約書、遺言書などの必要文章作成して戴き、委任者と任意後見人が署名、捺印し公正書類が出来る。そして、書類が登記される事により効力をもつのが制度の内容と成っている。ただ後見人が実際に委任者の代理人としての仕事を開始する時期は、委任者が虚弱、入院、施設入所により後見人が必要と成った時点からになる。その時は、裁判所から許可を戴いて任意後見人制度の執行となる。
今般、私が取り扱ったケースには、札幌分院に信者として常々来寺されている元札幌裁判所調査官をされていた方から任意後見人の有り方について指導を戴いた。その為、適切な指導者の下で話し合いが出来た事は、委任者,任意後見人共々安堵し、感謝する思いであった。
檀家さんや信者さんその他の方々に任意後見人が必要と成ると思われる方々を多数お見受けする。
皆さんに任意後見人制度について尋ねても制度内容を理解されていない方が非常に多い。
以前、後見人制度を良く理解していない方が、今回と似たようなケースに遭遇した事例を見ている。この場合は、その時の委任者は、当初私を任意後見人として指定したかったようなのだが、福祉関係の方が委任者の納得した十分な同意を得ないまま、安易に裁判所を通して弁護士さんを成年後見人として指定した。所が、その後に委任者の不満と不幸を招いた事例がある。委任者の意見を十分に聞くことなしに成年後見人を指定した事は、委任者の希望する思いが伝えらないまま制度執行になった。
その後委任者は、不自由な生活を強いられることに成った。特に子息が急死された時、葬儀費用の捻出が一切無かったことだ。結局、葬儀をしないまま火葬されてしまった。無論、火葬後に遺骨によって葬儀を行ったが、その際にも僧侶への支払いなどは一切無かった。しかし、法律は無言のまま執行されていた。この時、もし委任者自身が亡くなった場合の措置は、どうなるのかと疑問が残った。
「弱者を護るべき後見人制度である筈なのに何故、弱者を護れないのか」と憤ったものだった。
制度や制度運用を十分に知らなかった委任者や私に落ち度があるとは言え、気持ちのやり場のない思いだけが残ってしまった。しかし、今回の任意後見人制度を運用する事で、ようやく仕組みの理解が出来た。高齢社会に直面する今日、常に死に直面する高齢者や孤独者の皆さんが、任意後見人制度について少しでも認識しておく必要がある事を知る良い機会を得た事例への対応に成った。





























